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ふくろうゼミの2014年は、参加者でのエッセイや日常思ったことなども発信していこうとなりました。
その第1弾は18世紀の思想家、ルソーについてのエッセイ合戦です。

ルソーと言えば、歴史の教科書に出てきたあの人です。
しかし、著書と著者名を覚えただけで、どんな思想の人か知らない方も多いのではないでしょうか。
私もその一人です。

その思想の内容を現代の教育の現場で起きている事象と重ね合わせて、エッセイを何篇かお届けしたいと思います。

まずは主催の木村によるエッセイをどうぞ。
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「現代の子育てをルソー教育論から考える」 木村浩則


先日、東北大学で、臨時バスに受験生と一緒に乗る父母が増え、そのあおりで乗り切れない受験生が続出し、受験開始が遅れた、という報道記事を読みました。以前は、大学受験に親が同行するなどあり得ないことでしたが、昨今の親の「過保護」ぶりには驚くばかりです。親子参加の入社式、わが子の婚活を代行する親など、「親子カプセル」から抜け出せない〈共依存家族〉が増大しているのでしょうか。それとも激烈な競争社会の中で、家族の総力戦体制でしか我が子の未来は保障されないと考えるのでしょうか。子供の行動が心配なのは、いつの時代の親も同じです。しかしその心配や不安を抑えて、陰から我が子の自立・自律を見守り、励ますこともまた親のつとめだと思うのですが…。
子どもを守るあるいは保護することは親や教育者の大切な仕事でしょう。それを教育史上最初に唱えたのは18世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーでした。ただし近代教育学の祖であるルソーが「子どもを守る」と言う場合、それは現代の親たちの理解とはいささか異なっているようです。ルソーは、子どもが自然の絶対的な力を、身をもって体験できるようにしてやることを「消極教育」と呼び、その大切さを訴えました。
「自然はたえず子どもに試練を与える。あらゆる試練によって子どもの体質を鍛える。…これが自然の規則だ。なぜそれに逆らおうとするのか。あなたがたは自然を矯正するつもりで自然の仕事をぶちこわしていることがわからないのか。」
ルソーにとって「子どもを守る」とは、子どもに苦痛を味わわせないよう、できるだけ危険を遠ざけ、安全を確保することではありません。むしろその逆です。「苦しむこと、それはかれがなによりもまず学ばなければならないこと」だとルソーは言います。それこそが自然が人間に与える重要な教訓であり、それを無視した大人の介入は、むしろ自然の与える教育の機会を子どもから奪ってしまい、「肉体も精神も同じように虚弱な子ども」をつくりだしてしまうと警告するのです。
ルソー教育論の視点から見れば、現代の親たちによる子育て・教育の在り方は、子どもの心身=自然を破壊し、その結果、大人社会をも崩壊に導くものと言えるかもしれません。

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次回は、ふくろうゼミの城担当:鵜殿によるエッセイを予定しています。
そして次回例会のお知らせもすぐです。どうぞお楽しみに。(文責・南部)

 
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