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10月31日午後4時半、池袋のルノアール会議室で第一回例会を行いました。
テーマは、「いまのニッポンには“プロレス”が足りない」。
報告者に、リングアナウンサーの松田靖幸氏を迎え、ゼミ発起人の一人泉暁氏の進行のもと、VTRを駆使しながらエキサイティングな講義と討議が展開されました。そして二次会は、第二ラウンドとして300円居酒屋へ・・・・。


(1)リングアナウンサーというお仕事

「赤コーナー・・・・!」と、かっこよく選手紹介を行うことだけがリングアナウンサーの仕事ではありません。木づち、ストップウォッチ、マイクを抱えながら記録を取る。主催者との打ち合わせ、音響、照明の確認を行う。試合の進行全般をつかさどる舞台監督的なお仕事でもあるのです。


(2)プロレスのいま

本家本元のメキシコやアメリカではお客がかってに盛り上がってくれますが、日本では意識的に盛り上げる努力が必要です。そこで、大型レスラーとの対戦、空中殺法などの華麗な技の競演、過激なデスマッチの登場など、これまでいろいろなジャンルが発展しました。最近ではエンターテイメントプロレスと称した寸劇仕立ての試合も存在します。
日本の高度成長の時代、テレビの登場とともに人気を高め、70年代に一世を風靡した「プロレス」という現象。全盛期、全日本と新日本プロレスの二団体が人気を二分しました。しかしその後団体の分裂が繰り返され、いまやインディーズ系の乱立状態です。以前は1200名収容の後楽園ホールは打って当たり前だったが、800名の会場が困難になり、今では400の会場さえ埋まらない現状です。


(3)それでもプロレスはおもしろい

まず、プロレスはキャラクターやリング外の出来事がおもしろい。ラッシャー木村が行ったリング外でのライブパフォーマンスは多くの観客をひきつけました。記者会見での選手同士のガチンコもファンを沸かせました。全日本プロレス引退後、五万円の資金でFMWを立ち上げた大仁田厚は、過激なデスマッチだけでなく、リング外パフォーマンスの極限のかたちを追求し多くの観客を熱狂させました。それがいわゆる「大仁田劇場」です。一年八か月続いた新日本プロレスへの殴りこみ劇はドラマを観るような感覚でファンをくぎ付けにしました。入場シーンを一つの見せ場にし、入場ゲートからリングまでの過程を移動ではなくエンターテイメントとしてみせるのも、大仁田ならではのものでした。
非日常的なもの、エキサイティングなものを見せる、というところにプロレスの本質があります。おもしろければいい。そのおもしろさを成立させるためにはかなりの工夫や努力が必要ですが、結局は「おもしろければ文句はないだろう」というのがプロレスです。


(4)「プロレスなるもの」の復権

「プロレスなるもの」は、たとえば世界陸上の決勝戦にも見出すことができます。それは、走り高跳び、ドイツのフリードリッヒ選手と世界王者との戦い。王者がオーディエンスを盛り上げ、フリードリッヒがオーディエンスを沈ませる、その展開が繰り返される。自分たちで勝負を観客とともに演出していく、それがまさに「プロレス」です。いまやそうした場面が少なくなりました。「プロレスなるものの」衰退です。
プロレスはなぜ衰退したのか。不景気、インディーズの乱立、ジャンルの細分化、娯楽の多様化、大衆が戦後プロレス文化に飽きた、様々な要因が語られます。もはや日本にプロレスは必要ないのでしょうか。プロレスの再生はありえないのでしょうか。
 最近、松田氏は、「阿佐ヶ谷バトラーツ」という演劇のなかにプロレスの要素を取り入れたあらたなコントパフォーマンスに取り組んでいます。それは、演劇を通じた「プロレスなるもの」の新たな復権の企てと言えるかもしれません。

文責 木村
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